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四条金吾殿御返事(煩悩即菩提御書) 2015年6月度 御書講義(御書学習会)

2015年6月度 御書講義(御書学習会)
   「四条金吾殿御返事(煩悩即菩提御書)」

御書講義 拝読範囲:
 御書全集   1117ページ 13行目 ~  1118ページ 4行目
 編年体御書    485ページ 13行目 ~   486ページ 4行目

 「 然るに貴辺法華経の行者となり ~ 須臾刹那なるべし 」

6月度御書講義の 「四条金吾殿御返事(煩悩即菩提御書)」 の講義用資料を作成しました。
( 印刷して講義用原稿としてすぐに使えるPDFファイル形式 )

⇒ ① Info-zero ダウンロードリンク(無料)
    以下のリンクをクリック
     ・
前編(背景と大意 ~ 第2段)
     ・
後編(第3段 ~ 第4段)

    なお、前編をダウンロード後、後編のダウンロードがうまくいかない方が
    居られるようです。
    ダウンロードの際のメールアドレスを変更したりしてみてください。
    
(ご参考: info-zeroについて )

 ② info-zeroでのダウンロードがうまくいかない場合は、
     一時的に忍者サンドボックスを再開しましたので、
     以下をご利用下さい。(6月中のみの開設)


  忍者サンドボックス 【黄金柱の地区部長会】ファイルスペース
             URL:http://ougon.sdbx.jp/

 TOPメニューにリンクがあります。
   [リンク▼]  
          ⇒ [忍者サンドボックス]
             ⇒ [★黄金柱の地区部長会ファイルスペース] でジャンプします。

  ※ 基本的には、ご自身で研鑽をお願いします。 あくまで、ご参考資料と言うことで。

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2015年6月度 教学の日 御書講義 「四条金吾殿御返事(煩悩即菩提御書)」

【挨拶】

(地域の状況に応じて挨拶など入れてください。)

それでは6月度の御書講義を始めたいと思います。
大白蓮華6月号の46ページを開いて下さい。
今回の拝読御書は「四条金吾殿御返事(しじょうきんごどの ごへんじ)」です。

四条金吾にはいくつものお手紙が送られており、題号が「四条金吾殿御返事」となっている御書だけでも、実に16あります(SOKAnet 御書名検索調べ)。
今月は座談会御書でも「四条金吾殿御返事」を拝読しますが、今回の御書講義では、これとは別の、別名を「煩悩即菩提御書(ぼんのうそくぼだいごしょ)」とされている「四条金吾殿御返事」を学んでいきます。

今回の御書講義では、“黄金の3年”の総仕上げを、御書を根本に勝利をしていく思いで、共に学んでいきたいと思います。

今回の御書講義の大きなポイントは、私たち学会員一人ひとりが、如何に偉大な使命を担って生まれてきたのか、そしてまた、最高の人生を送ることができる学会員としての誇りと確信、これを学んでいく御書講義となります。

はじめに、「背景と大意」を確認していきたいと思います。


背景と大意

それでは、47ページ下段の背景と大意を確認しておきたいと思います。
(P47下段【四条金吾殿御返事(煩悩即菩提御書)】の冒頭の「本抄は」~P47最後から9行目「お手紙です。」を読む)

ここで、55ページを開いてください。
中段の「拝読のために」の箇所になりますが、当時の大聖人門下と四条金吾の状況がかかれています。
(P55中段【拝読のために】~下段L2「本当に喜ばれています。」を読む)

それでは、もう一度、47ページの背景と大意に戻ってください。
先ほどの続きです。
(P47下段 最後から8行目「冒頭は」~P47最後から6行目「むしろ喜ばしいものであると仰せです。」を読む)
とあります。
この「大難は成仏を決定づけるものであるから、むしろ喜ばしいものである」とのことについて、少し詳しく確認しておきたいと思います。

大白蓮華には紹介されていませんが、御書の冒頭で次のように仰せです。
「(冒頭略)、法華経の行者として・かかる大難にあひ候は・くやしくおもひ候はず、(中略)是ほどの果報の生死は候はじ、(中略)仏果をうべき身となれば・よろこばしく候。」 (御書P1116)
とあります。

これは、佐渡流罪そのものを、“最高の喜びとして受け止めている”、ということを、同じく鎌倉の地で弾圧を受けている門下の中心者である四条金吾に伝えている一節です。
全門下に対して、流罪中の身の大聖人が、“私の今の境涯は喜びの中にあるのだ”、と語られている内容です。

決して、受けている大難がなくなってしまった訳ではありません。
けれども、大聖人ご自身の境地としては、「法華経の行者として・かかる大難にあひ候は・くやしくおもひ候はず」と、まさにこの大難によって成仏の境涯を示す事ができる。
その意味で、望んできた大難である。
したがって何の迷いもないし、嘆きも悲しみもない、むしろ喜ばしいことである、という大聖人の確信を述べられている内容です。

大白蓮華に戻って、背景と大意の先程の続きを確認していきましょう。
(P47下段 最後から6行目「また、南無妙法蓮華経こそ仏の根本の智慧であり、現実の一切の苦悩を転換する原理であることを示されます。」を読む)
とあります。
本抄は別名を「煩悩即菩提御書」といいますが、この部分がその内容となります。
ただ、この箇所は、今回の拝読の範囲には入っていません。

続いて、
(P47下段 最後から3行目「大聖人と同じく」~P47最後「励まされています。」を読む)
とあります。
今回の御書講義での拝読範囲は、本抄の後半から結論部分にあたるこの部分となります。

それではもう一度、55ページに戻ってください。
下段3行目の先ほどの続きですが、
(P55【拝読のために】下段L3「本抄では」~下段L10「今回学ぶ範囲です。」を読む)

この御書では、“南無妙法蓮華経”という法が如何に仏法の究極であるのか。そしてまた、それが一切衆生を救っていく大法である、ということを強調されます。

そしてまた、“この仏法が偉大である”、ということを語るだけではなくて、その御真意は、そのことを通して、「その仏法を守り弘めている“弟子のあなた”が如何に偉大な存在であるのか」、ということを教えられています。
すなわち、南無妙法蓮華経にしても、法華経にしても、また御本尊にしても、その法そのものが偉大でありますが、その法が本当の真価を発揮しているのは、その法を弘める人がいて、はじめて法が万人のものになります。

その意味で、この南無妙法蓮華経を弘めている“弟子・四条金吾”の使命がどれほど大きいのか、またその戦いがどれほど偉大なのか。そのことを四条金吾に教えられている御書になります。

繰り返しになりますが、この部分が、今回拝読する範囲となります。

そして今回の御書講義のテーマは「師弟」です。
四条金吾の弟子の姿を、まず最初に、先生のご指導から学んでおきたいと思います。
上段にある池田先生のご指導の「1」です。
(P55上段【1 弟子の尊き志を賞賛】を読む)

今の先生のご指導にもありましたが、四条金吾の弟子の姿勢を、今回の御書講義で、合わせて確認していきたいと思います。

それでは、具体的に本文に入っていきましょう。

■本文

52ページを開いてください。
今回の拝読範囲は、4つの段に分かれます。


第1段
「 然るに貴辺法華経の行者となり結句大難にもあひ日蓮をもたすけ給う事、法師品の文に「遣化四衆・比丘比丘尼優婆塞優婆夷」と説き給ふ此の中の優婆塞とは貴辺の事にあらずんば・たれをかささむ、すでに法を聞いて信受して逆はざればなり不思議や不思議や、若し然らば日蓮・法華経の法師なる事疑なきか、則ち如来にもにたるらん行如来事をも行ずるになりなん。 」


第2段
「 多宝塔中にして二仏並坐の時・上行菩薩に譲り給いし題目の五字を日蓮粗ひろめ申すなり、此れ即ち上行菩薩の御使いか、貴辺又日蓮にしたがひて法華経の行者として諸人にかたり給ふ是れ豈流通にあらずや 」

 ⇒ 前編(背景と大意 ~ 第2段)

第3段
「 法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば火をえず、強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ、あしき名さへ流す況やよき名をや何に況や法華経ゆへの名をや 」

第4段
「 女房にも此の由を云ひふくめて日月・両眼・さうのつばさと調ひ給へ、日月あらば冥途あるべきや両眼あらば三仏の顔貌拝見疑なし、さうのつばさあらば寂光の宝刹へ飛ばん事・須臾刹那なるべし 」

 ⇒ 後編(第3段 ~ 第4段)

以上、宜しくお願いします。

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