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寂日房御書 2013年10月度 座談会御書講義

10月度座談会御書の「寂日房御書」の講義用資料を作成しました。

拝読範囲: 御書全集  903ページ 7行目 ~ 9行目
      編年体御書 1206ページ 15行目 ~ 1207ページ 2行目

「 かかる者の弟子檀那とならん人人は ~ まぬかれがたき身なり 」

(所要時間目安:約8分)

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【挨拶】

皆さん、こんばんは。 

(挨拶など、状況に応じて入れてください。)

【座談会御書】

それでは今月の座談会御書を、皆さんと一緒に学んでいきましょう。
大白蓮華の28ページを開いてください。

今月の拝読御書は「寂日房御書(じゃくにちぼうごしょ)」です。

今月の御書では、師匠と同じ心で広宣流布に生き抜く、“師弟不二の実践”を学んでいきます。

■ 背景と大意

はじめに背景と大意ですが、本抄は、弘安2年(1279年)9月に、日蓮大聖人が58歳の時に身延の地であらわされました。

ちょうど、熱原の法難の直前の時期にあたります。

本抄は、「寂日房御書(じゃくにちぼうごしょ)」と呼ばれていますが、実は、寂日房(じゃくにちぼう)に与えられたお手紙ではありません。
ある門下のために認められ、弟子の寂日房に伝達を託されたお手紙です。

お手紙の最後に、「此の事 寂日房くわしくかたりたまへ。」と記されています。

お手紙を託した寂日房に、“手紙を託された以上、師匠の心を間違いなく伝えるのですよ”と念を押されていると拝されます。

本抄では、熱原の法難が間近に迫る中、無実の農民信徒が大難の嵐に直面している時期に、弟子に対して、“日蓮の弟子ならば、日蓮と同じ覚悟でたたかっていきなさい”と、師弟不二の道を貫き通すように励まされています。

■本文の拝読

それでは本文を皆さんと一緒に拝読したいと思います。

大白蓮華の30ページを開いてください。

最初に題号を読みますので、それに続いてお願いします。

(大白蓮華30ページの本文を拝読)

はい、有難うございます。

(時間に余裕があれば、下段の通解を読む)

■解説

それでは解説です。

本文の冒頭で「かかる者」とありますが、「このような日蓮」という意味です。
では、「このような日蓮」とはどのような事を指すのでしょうか?

本抄の前半部分で、大聖人は、ご自身について極めて大事なことを2つ語られています。
その一つは、「日蓮は日本第一の法華経の行者」であるという事。
もうひとつは、「大聖人こそが末法に法華経を弘通する上行菩薩の再誕である」と言うことです。
従って、「かかる者」とは、「法華経の行者」であり、また「上行菩薩」である大聖人ご自身のことです。

「かかる者の弟子檀那とならん人人は」とありますが、「法華経の行者」として、また「上行菩薩」として、幾多の大難を乗り越え、民衆救済に戦い抜かれてきた大聖人。

その大聖人の弟子檀那となるということは、只事ではありません。
「宿縁ふかしと思うて」とあるように、大聖人の弟子になるということは、久遠からの深い“縁(えにし)”であると仰せです。

ここで 「思うて」 とありますが、この言葉には非常に重要な意義が込められています。
「思うて」とは、弟子自身が、この宿縁を、「本当にそうだ」と “自らが思う” ように促されています。
仏法の師弟は、どこまでも弟子の側の自覚で決まります。

この一節では、師匠である大聖人から、「三世にわたる師弟の深い縁(えにし)を自覚せよ」、「久遠の偉大な使命に目覚めよ」、と呼びかけられているのです。

私たち学会員の立場で見れば、大聖人直結の広宣流布の団体である創価学会に巡り会い、同志となった縁(えにし)は、仏法の眼(まなこ)からみれば、決して簡単なものではなく、深い深い宿縁があるという事です。

その宿縁とは、「大聖人と同じく」、また「師匠と同じく」広宣流布という尊い使命を果たす約束をして、私達が今ここに集っているということではないでしょうか。
その意味で、過去からの宿縁ではありますが、未来に向かって見ていくならば、今度は、現在から未来への“使命”であると深くとらえていくことが大切です。

続く本文では「日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」と仰せです。門下に“宿縁を自覚したならば、日蓮と同じく、妙法弘通の実践をしていきなさい”と促されています。“宿縁”を“使命”に変えていくのです。

「日蓮と同じく」とは、「異体同心」であり、また「師弟不二」です。

師匠の心を我が心として、師匠の如く、いかなる難をも恐れない勇気で立ち上がり、妙法を弘めていく、その使命があるのです。

「これまでいろんな苦労があったからこそ、今の自分がある」、そう思えるような体験は、多くの方が持っておられると思います。

今、広布の為に戦えることは、過去からの深い宿縁があってのことです。
そして、師弟の宿縁を深く実感し、未来に向かって自ら決意して、師弟共戦の使命に生きる人生は、なんと素晴らしい人生でしょうか。

続いて、御文の後半部分、「法華経の行者といわれぬる事・・・」を確認していきます。

ここでは、大聖人は門下に対して、「あなた方が法華経の行者と言われるようになったことは、もはや不運なことであり、まぬかれがたい身である」と仰せになっています。

最後の行の「不祥なり」とは、不運・災難という意味です。
悪世末法において、法華経の行者として戦い、弘教の実践を貫いていくことは苦難や苦悩の連続です。日蓮大聖人の弟子となって法華経を行ずるゆえに難を受けることを、世間一般の心情から不運、災難であると言われています。

しかし大聖人の教えは、信心ゆえに幾多の苦難があることを、「不運である」と嘆くような弱々しいものでは断じてありません。
むしろ、いかなる苦難をも恐れず、偉大な師匠と共に使命に生きる弟子の誉れを教えられています。

池田先生は、本抄の御文を拝して、次のように指導されています。

(中略 PDFファイル・Wordファイルにて全文掲載)

と指導されています。

池田先生のもと、私たち創価の師弟が、あらゆる苦難を乗り越えて、これまでの戦いに大勝利して来た原動力も、この師弟の宿縁を自覚して、宿縁を広宣流布への使命に変えて戦い切ってきたからではないでしょうか。

広宣流布という地涌の菩薩の使命を戴いた、「まぬかれ難き身」として、そして「創価の同志」として、師弟共戦の人生を歩める誇りも高く、勇気の前進を開始しようではありませんか!

御書の学習は以上です。

■最後に

いよいよ総本部が完成し、壮大なる創価の新時代の開幕を迎えます。
世界広宣流布を目指して、我が地域を使命の天地と定め、決意も新たに、師弟不二の大闘争へと前進していきましょう。

(状況に合わせて、追加してください。)

以上です。

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【ご参考】

 忍者サンドボックスに、御書講義の原稿ファイルを置いています。
 但し、ご自身の教学力向上のためにも、極力、ご利用を控えてください。
 基本、研鑽の時間もないなど、「急場しのぎ程度」のご利用に留められる様に希望します。
  ⇒忍者サンドボックス (黄金柱の地区部長会 ファイルスペース)
   URL:http://ougon.sdbx.jp/

  【利用方法】  ⇒ 忍者サンドボックスについて

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顕仏未来記 2013年10月度 御書講義(御書学習会)

2013年10月度 御書講義(御書学習会)「顕仏未来記」

御書講義 拝読範囲:
 御書全集   509ページ 2行目 ~ 11行目
 編年体御書 562ページ11行目 ~ 563ページ2行目


 「 日蓮此の道理を存して ~ 三国四師と号く 」

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2013年10月度 教学の日 御書講義 「顕仏未来記」

【挨拶】

(地域の状況に応じて挨拶など入れてください。)

それでは10月度の御書講義を始めたいと思います。

大白蓮華の28ページを開いてください。今回の拝読御書は「顕仏未来記」です。

■背景と大意

はじめに、29ページ下段の背景と大意を確認しておきます。

(P29下段L1「本抄は」~P29最後「末法広宣流布の未来記が示されています。を読む)

本抄は「仏の未来記を顕す」という題号にあるように、「仏の未来記」、すなわち、仏が未来を予見し示したものを、現実に証明し、そして成就するのは誰か。「顕仏未来記」はこの根本を示された御書です。

■「未来記」の意義

本抄の御文の内容に入る前に、、この「仏の未来記」とは誰の未来記かについて、はじめに確認しておきたいと思います。

今回の拝読範囲ではありませんが、大聖人は、本抄の冒頭で、“法華経の第七に云く「我が滅度の後(のち)・後の五百歳の中(うち)に閻浮提(えんぶだい)に広宣流布して断絶せしむること無けん」(御書505㌻)”と法華経の経文を掲げられました。
これは、末法の広宣流布を予言した釈尊の「未来記」です。
そして、この経文を、釈尊の未来記を虚妄にしないで現実のものとされたのが大聖人です。

37ページを開いてください。
「拝読のために」の中段の5行目にも書かれていますが、
“「仏の未来記」とは、一往は釈尊の未来記を示します。しかし、本抄の元意は、日蓮大聖人の末法広宣流布の未来記を明かされることにあります。”
と書かれています。

大聖人ご自身が、先ほどの「釈尊の未来記」を事実の上に顕されるだけでなく、更に深く立ち入って、日蓮大聖人こそが末法の御本仏であると言う実証の上から、大聖人ご自身の未来記を明かされます。

このように、「仏の未来記」には、釈尊の未来記と大聖人の未来記の2つの未来記があります。

では「日蓮大聖人の未来記」とは、どのようなものでしょうか?

37ページ下段の真ん中に、
“そして本抄では、末法万年、一閻浮提(全世界)のすべての民衆を救う大法が今、出現して、世界中の人々を幸福にして平和の楽土を築いていくという、「仏法西還」(世界広宣流布)の未来記が示されています。” とあります。

「仏法西還」とは、“仏法発祥の地のインドに還る”という文字通りの意味だけではありません。
当時の日本からみて、世界とは日本と中国・韓国・インドなどで、これが当時の世界観でした。従って、日本から西のこれらの国に大聖人の仏法が広がると言うことは、現代でいえば、世界広宣流布の意味になります。
つまり、「日蓮大聖人の未来記」とは“世界広宣流布”となります。これ以外に末法の御本仏の未来記はありません。

ゆえに、広く門下の立場で拝するならば、大聖人の弟子の実践が、「大聖人の未来記」を事実の上に顕すものでなくてはなりません。

そうでなければ、御本仏の未来記は虚妄となってしまいます。

37ページ中段の後半で、“大聖人の未来記を現実のものとしたのが創価学会です。”とあります。
初代・牧口先生、第二代・戸田先生、そして第三代・池田先生の師弟不二の大闘争によって、大聖人の仏法は世界192ヶ国・地域へと広がってきました。
顕仏未来記は、一往、当時の門下に対しての遺命の書ではありますが、その本義は、広宣流布の為に不惜身命で活動する未来の弟子に対しての遺命の書と拝していきたいと思います。

そのことについての池田先生のご指導を確認しておきたいと思います。
(P37上段【1 大聖人直結の学会精神の源流】を読む)

■本文

今回の御書講義で学ぶの範囲は、顕仏未来記の一番最後の部分で、大聖人滅後の弟子達に、必ず広宣流布を成就していくように、その実践を強調され、広布の一切を弟子に託された部分となります。

それでは本文に入っていきたいと思います。34ページを開いてください。
今回の拝読範囲は、4つの段に分かれます。

(以後、続きは、PDFファイル・Wordファイルにて全文掲載)

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【ご参考】

 忍者サンドボックスに、御書講義の原稿ファイルを置いています。
 但し、ご自身の教学力向上のためにも、極力、ご利用を控えてください。
 基本、研鑽の時間もないなど、「急場しのぎ程度」のご利用に留められる様に希望します。
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