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椎地四郎殿御書 2013年5月度 座談会御書講義

5月度座談会御書の「椎地四郎殿御書」の講義用資料を作成しました。

拝読範囲: 御書全集  1448ページ 8行目~10行目
        編年体御書 178ページ 8行目~10行目

「 法師品には ~ 生死の大海を渡るべき船なるべし 」

(所要時間目安:約8分)

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【挨拶】

皆さん、こんばんは。 

(挨拶など、状況に応じて入れてください。)

【座談会御書】

それでは今月の座談会御書を、皆さんと一緒に学んでいきましょう。
大白蓮華の60ページを開いてください。

今月の拝読御書は「椎地四郎殿御書(しいじしろうどのごしょ)」です。

■ 背景と大意

はじめに背景と大意ですが、本抄は、日蓮大聖人が門下の椎地四郎に与えられたお手紙です。
ご執筆は弘長元年(1261年)4月と伝えられていますが、他の説もあるようです。

椎地四郎は、地道に信仰を貫き通した門下で、四条金吾や富木常忍との親交もあったようです。

また、大聖人の葬儀の際に参列するなど、日頃から大聖人の信頼の厚い弟子であったようです。

本抄では、「大難来たりなば強盛の信心弥弥(いよいよ)悦びをなすべし」と、大難に遭えば、ますます強盛の信心を起こして戦っていくのが「末法の法華経の行者」であると仰せになります。

さらに、「大難なくば法華経の行者にはあらじ」と、大難こそが法華経の行者の証であると明かされます。

そして、この法華経を一文一句であっても説き語る人は「如来の使い」であり、また、一文一句でも聞いて魂に染め抜いた人は、苦悩に満ちた「生死の大海」を越えて、成仏へと向かう「妙法蓮華経の船」に乗った人である、と教えられます。
今月の座談会御書で学ぶのは、この、「一文一句」についての部分となります。

■本文の拝読

それでは本文を皆さんと一緒に拝読したいと思います。

大白蓮華の62ページを開いてください。
最初に題号を読みますので、それに続いてお願いします。

(大白蓮華62ページの本文を拝読)

はい、有難うございます。

(時間に余裕があれば、下段の通解を読む)

■解説

それでは解説です。

この御文では、末法悪世において、妙法を語り弘める人の使命と功徳が示されています。
まず本文冒頭で、法華経法師品第10の一節を、一部を省略して引用されています。

省略されたところも含めると、全文は本文下の通解にある通り「もしこの善男子(ぜんなんし)・善女人(ぜんにょにん)は、私、すなわち釈尊が滅度した後、ひそかに一人のためであっても、法華経の一句なりとも説くならば、まさに知りなさい、この人は、すなわち如来の使いである」となります。

そして、続く本文で、仏に代わって、ただ一人のためにでも、また、法華経のほんの一句であっても説く人は、その人が僧であろうと在家であろうと、男性でも女性でも、どんな人であっても、その人は如来の使いであると説かれています。

そして更に大聖人は、「貴辺すでに俗なり善男子の人なるべし」と仰せになり、椎地四郎自身が、この経文の通り、尊い如来の使いであることは間違いないと示されています。

私たちに即して言えば、広宣流布に励む人は、どんな立場であろうと「如来の使い」です。

「如来の使い」とは、苦悩の民衆を救う請願を立ててこの世に生まれてきた、最高に尊い使命を持つ人です。
私たち自身も、この尊い使命を自覚して前進して行きたいものです。

続く本文の後半では、この法華経を一文一句でも聞いて、魂に染めた人の功徳を示されています。
その功徳とは、一人一人が「生死の大海を渡ることが出来る船」に乗ることが出来る、と仰せです。

ここで「生死の大海」については、63ページの下段の語句の解説にありますが、「生死は、繰り返し迷いの境涯に生まれては死ぬこと。また、その苦しみ。生死の苦しみが深く果てしないことを、大海に譬えていう」とあります。

大聖人は、法華経を一文一句でも聞いて心肝に染める人は、この「生死の大海」を渡って、成仏と言う幸福と勝利の境涯に到達していける、と教えられています。

■ポイント

続いて今回の御文のポイントです。

①ポイント1

ポイントの1つめは、“たとえわずか一句であっても語ることが大事である”、という事です。

今回の御文では、「一句をも人にかたらん人」、また、「一文一句なりとも聴聞して」とあります。
それほど、末法で妙法を持ち語る使命が大きいという事です。

相手がすぐに信じようが、そうでなかろうが、私たちが妙法を根本にした対話をすれば、必ず相手の仏縁になります。

反対に相手から見れば、私たち妙法を持った学会員が対話する以外に、本当の意味での仏縁はありません。

「万人の生命にもともと仏の生命・仏性がある」とこれまでも学んできましたが、仏縁に触れなければ、自分の力で仏の生命を開くことはなかなかできません。

その意味で、妙法を持った私たち学会員が、たった一句でも語ることの使命は誠に大きいといえます。
私たちの立正安国を目指しての一言一言に、このような重要な意味があります。

その使命を自覚して、真心の対話を進めて行きたいと思います。

②ポイント2

ポイントの2つめは、対話こそが「如来の使い」の実践であるという事です。
「如来の使い」とは、単なるお使いではありません。

仏の代理としてまさに「仏の仕事」をする人です。
私たちは、対話によってこの「仏の仕事」をする、という事です。

ここで「如来の使い」の対話の意義について、池田先生の御書講義の一節を確認したいと思います。

63ページの中段に、池田先生の椎地四郎殿御書の講義の一節が載っています。

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「相手の幸福を真剣に願って誠実に語る一言。

 満々たる生命力から発せられる確信と歓喜の一言。
 友の苦悩を突き破る勇気と希望の一言。
 その『一言』こそが、相手の生命を呼び覚ましていくのです。
 ゆえに『一文一句』でも語ること自体が立派な折伏行であり、その尊き聖業に福徳が薫らないわけがないのです。」
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(時間があれば、更に以下を紹介)

(PDFファイルでは全文を記載しています。)

(ここまで)

先生のご指導を胸に、私たちの真心の対話が必ず相手の仏性に届くとの確信で、「如来の使い」の使命を果たしていきましょう。

御書の学習は以上です。

■最後に

さぁ、勇気と確信の声で、相手の生命を揺り動かす対話運動に挑戦し、この5月から師弟勝利の7月へと、全力で取り組んで参りましょう。

(状況に合わせて、追加してください。)

以上です。

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【ご参考】

 忍者サンドボックスに、御書講義の原稿ファイルを置いています。
 但し、ご自身の教学力向上のためにも、極力、ご利用を控えてください。
 基本、研鑽の時間もないなど、「急場しのぎ程度」のご利用に留められる様に希望します。
  ⇒忍者サンドボックス (黄金柱の地区部長会 ファイルスペース)
   URL:http://ougon.sdbx.jp/

  【利用方法】  ⇒ 忍者サンドボックスについて

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