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立正安国論 2013年4月度 座談会御書講義

4月度座談会御書の「立正安国論」の講義用資料を作成しました。

拝読範囲: 御書全集  31ページ 18行目
    編年体御書 169ページ 17行目

「 汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か 」

(所要時間目安:約8分)

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【挨拶】

皆さん、こんばんは。 

(挨拶など、状況に応じて入れてください。)

【座談会御書】

それでは今月の座談会御書を、皆さんと一緒に学んでいきましょう。
大白蓮華の54ページを開いてください。

今月の拝読御書は「立正安国論(りっしょうあんこくろん)」です。

■ 背景と大意

はじめに背景と大意ですが、立正安国論は、文応元年(1260年)に、日蓮大聖人が36歳のとき、鎌倉幕府の最高権力者であった北条時頼に提出された「国主諌暁(かんぎょう)の書」です。
「諌暁(かんぎょう)」とは、相手の誤りを指摘して正しい道に導くことを言います。

題号の「立正安国」とは、「正法を立てて国を安(やす)んず」という意味です。

本書では、北条時頼を客人に、大聖人を主人として「10問9答」の対話を通して「立正安国」の原理が示されます。

当時、日本では、飢餓(きが)、疫病(えきびょう)、地震、気象の異常など、災難が相次いでいました。

大聖人は、こうした災難の元凶を、法然の念仏による、国をあげての謗法(ほうぼう)、すなわち、正法に背いていることである、と指摘されます。そして、このまま謗法(ほうぼう)が続けば、三災七難のうち、まだ起こっていない「自界叛逆難」と「他国侵逼難」が必ず起こると警告され、「実乗の一善」、正法に帰依するように促されます。

最後には、客人が謗法を捨てて正法に帰依することを誓って結ばれます。

今月の座談会御書で学ぶのは、後半の9番目の問答の、主人の答えの中の一節です。

■本文の拝読

それでは本文を皆さんと一緒に拝読したいと思います。

大白蓮華の56ページを開いてください。

最初に題号を読みますので、それに続いてお願いします。
(大白蓮華56ページの本文を拝読)

はい、有難うございます。
(時間に余裕があれば、下段の通解を読む)

■解説

それでは解説です。

背景と大意のところでも申し上げましたが、立正安国論は「10問9答」の対話形式です。
この9番目の問答で、それまでの対話で迷いが晴れた客が、謗法(ほうぼう)に対する供養をやめて、改心することを決意します。
これに対して主人は、この御文の前段で、「自界叛逆難」と「他国侵逼難」が迫っていることを警告されます。

また、“人の心は時に従(したが)って移り”と述べられ、時がたてば今の決意も忘れ易いことを指摘され、迫る災難を未然に防ぐ為に、一刻も早く実行に移すように諭します。
そして、そこで示されたのが今回の御文となります。

57ページの上段の真ん中に御文の意味が書かれていますが、「一身の安堵(あんど)」、つまり自分個人の生活の安泰(あんたい)、一家の幸福を願うのであれば、まず、「四表(しひょう)の静謐(せいひつ)」、すなわち、世界の平和、国の安穏(あんのん)を祈るべきである、と教えられています。

個人の幸福を願うがゆえに、まず社会の平和を祈る。これが、「立正安国」の原理です。
社会の繁栄と平和があってこそ、個人の幸福の達成も可能になる、ということです。

■ポイント

続いて今回の御文のポイントです。

①ポイント1

ポイントの1つめは、今回の御文の “自分自身の安泰(あんたい)を願うならば、まず世の中の平穏(へいおん)を祈るべきである” ということこそが、仏法のこころであり、私たち学会員の生き方そのものであると言うことです。

57ページの中段の真ん中の池田先生の指導を確認しておきたいと思います。
「自分一人の幸せではない。社会の平穏(へいおん)と繁栄(はんえい)を祈り、その実現に尽くしてこそ、真実の幸福は実現される。
また、そうした生き方を貫いてこそ、自己の小さな殻を打ち破り、本当に価値のある、充実した人生を築いていくことができるのである」
と指導して下さっています。

創価の3代の会長は、立正安国の精神を我が魂とし、庶民の中に飛び込んで、民衆救済のために戦ってこられました。
また、私たち学会員も、積極的に社会にかかわる中で、地域の絆や近隣の友好に取り組んできました。

これこそが「立正安国」の実践そのものです。

池田先生は、随筆の中で、次のように言われています。
「“近所の絆”を尊び、近隣の方々の健康と幸福を祈念していくことから、互いの心の扉は開かれる。地域の繁栄と幸福への深い祈りは、「一身の安堵」―――すなわち自身の幸福につながり、わが身に返ってくることは必然の法則だ。」
と綴られています。

自他共の幸福を祈り、更に、我が地域の安穏(あんのん)と繁栄(はんえい)を祈っていこうではありませんか。

②ポイント2

ポイントの2つめは、大聖人の仏法は対話の宗教であるという点です。

立正安国論は、時代を憂(うれ)いて嘆く客と、その打開の為に確信をもって語る主人との対話です。
最初は反発していた客も、主人の確信のこもった対話に、次第に理解を深め、最後には正法に帰依していきます。

このことについて池田先生は、「御書と師弟」の中で次のように言われています。
「恩師はよく話されていました。
『大聖人の説得力は、単なる説得力ではない。根本が慈悲と勇気から発している説得力である。だから偉大なのである』
慈悲と勇気の“対話”こそ、心を動かし、時代を変えゆく最大の武器であります。
創価の対話運動は、大聖人に直結した最も正しい仏法の方軌(ほうき)なのです。」
と語られています。

目の前の、悩み苦しむ友を思いやり、励ましを送る。そして、社会に正義の哲理を確立して行く。
これが、私たち学会員の対話運動なのです。

御書の学習は以上です。

■最後に

学会伝統の5・3へ、いよいよ対話の春満開です。
人々のため、社会のため、我が地域で、職場で、また大きく動きながら、勇気の対話・拡大に、元気一杯に取り組んで参りましょう。

(状況に合わせて、追加してください。)

以上です。

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【ご参考】

 忍者サンドボックスに、御書講義の原稿ファイルを置いています。

 但し、ご自身の教学力向上のためにも、極力、ご利用を控えてください。
 基本、研鑽の時間もないなど、「急場しのぎ程度」のご利用に留められる様に希望します。
  ⇒忍者サンドボックス (黄金柱の地区部長会 ファイルスペース)
   URL:http://ougon.sdbx.jp/

  【利用方法】  ⇒ 忍者サンドボックスについて


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立正安国論 2013年4月度 御書講義(御書学習会)

4月度御書講義(御書学習会)「立正安国論」

御書講義 拝読範囲: 
 御書全集  32ページ13行目 ~  33ページ4行目 
 編年体御書 170ページ13行目 ~ 171ページ5行目

「 広く衆経を披きたるに ~ 誡めんのみ 」

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2013年4月度 教学の日 御書講義 「立正安国論」

【挨拶】

(地域の状況に応じて挨拶など入れてください。)

それでは4月度の御書講義を始めたいと思います。
大白蓮華の54ページを開いてください。今回の拝読御書は「立正安国論」です。

題号の左に「民衆の幸福と平和へ 勇気と正義の対話を!」と書かれています。
正しい価値観に基づいた平和な社会を目指して、学会理解を広げる対話の原動力として、皆さんと一緒に学んでいきたいと思います。

■本抄拝読の意義

本抄の内容に入る前に、今月の御書講義で「立正安国論」を学ぶ意義について、はじめに確認しておきたいと思います。

では、63ページを開いてください。
中段の「拝読のために」の冒頭にも記載されていますが、今年の4月28日で、日蓮大聖人の立宗宣言から760年を迎えます。
創価学会では、戸田先生が会長に就任された翌年に立宗700年を迎えました。

日蓮大聖人の立宗宣言から700年の歳月を経て、創価学会が本格的な広宣流布の活動を始め、それから60年、現在192ヶ国・地域に広がっています。

創価学会が初めて、立正安国の世界を現実のものとしたと言えると思います。

この日蓮大聖人の民衆救済の御精神、立正安国の実践を正しく担ってきた唯一の団体か創価学会です。
今月は、私たち創価学会が実践している、この「立正安国」の意義について、御書に基づいて学んで行きたいと思います。

■ 背景と大意

55ページに戻ってください。
はじめに背景と大意ですが、55ページの冒頭に書かれている通り、本書、立正安国論は、日蓮大聖人が文応元年(1260年)に、鎌倉幕府の実質的な最高権力者であった北条時頼に提出された「国主諌暁の書」です。
また、上段の最後の行にありますが、題号の「立正安国」とは「正法を立てて国を安んず」と言う意味です。

“人々の心に正法を打ち立てることが、国土の平和を実現する根本の道である”と言うことが示されています。

同じことを、「拝読のために」の中でも述べられています。
もう一度、63ページを開いてください。中段の後ろから6行目に、こう書かれています。
(P63中段後ろから6行目「末法という」 ~ P63下段L4「展開するものです。」を読む)

まずこの「立正安国」の実践の大前提として、「私たちが生きるこの時代は“末法”の時代である」と言うことです。
末法とは、人々の心の中に貪・瞋・癡(とん・じん・ち)の三毒が充満し、争いが絶えない時代となっていると言うことです。

この争いの時代の中に一人ひとりが幸福を築く為にはどうしたらよいのか。

その結論は、一人ひとりの中にある仏性“仏の生命”を開くしかありません。

末法の時代であるからこそ、一人ひとりが強くならなければならない。 ―― では、どうすれば強くすることが出来るのか。

日蓮大聖人の仏法は、一人ひとりが自分の生命の中にある仏性を開いていく、そして、一人ひとりが輝いていき、無限大の可能性を開くことによって、末法の激流に立ち向かっていく。大聖人の仏法は、そのことを教えている仏法であると言えます。
その意味で、信仰とは、一人の人間の内面の変革から始まりますが、内面の変革だけに終わりません。広く社会を変革する行動へと展開していく事になります。
この事について、今月の座談会御書で学ぶ御文ですが、少し触れておきたいと思います。

御書講義の範囲から離れますが、56ページを開いてください。
(P56の御文を拝読)

この御文については、隣の57ページの上段の真ん中あたりに書かれていますが、
(P57上段L12「すなわち」~L16「教えられているのです」を読む)
とあります。

私たちは、自分ひとりの幸せにとどまらず、人々の幸福・社会の平和と安穏を築く実践をしています。

自他共の幸福の実現です。

自分一人だけの幸せの実現と言うことはありません。

自分が本当に幸せになろうと思うのであれば、自分だけでなく人の生命の“仏種”を開いていく。

そして自他共に幸福になっていくと言う道が、本当の意味で自分自身を強くし、幸福になっていく道であると教えられています。

その意味で、まず最初に“私たちの心の変革”から始まります。

これが「立正安国」の“立正”の根本となります。

そして社会の平和を実現することが“安国”です。
言い換えれば、末法の世の中で、一人ひとりが三毒を打ち破って仏界の生命を強くしていく。

一切は自分自身の心の変革から始まります。

そして、目覚めた一人が、また次の一人へと広げて行く。

そして社会全体を変革していく。

それが、大聖人の仏法の「立正安国」の実践となります。

このことについて、池田先生のご指導を確認しておきたいと思います。
(P63上段【1 一切は人間生命の変革から】を読む)

この中にもありますが、まず自分の生命の変革から始まります。

そして、社会そのものを変えていく。

そのために、“社会の中に、磐石なる「民衆の平和勢力」と築き上げていく”、これが、私たち創価学会の実践です。

今回は、この点を、御書を通して学んでいきます。

立正安国論は、客と主人の問答形式になっています。

全部で10問9答です。

答えがひとつ少ないのは、最後の客の10番目の問いが、そのまま答えになっているからです。
今回学ぶところは、この立正安国論の一番最後の部分で、9番目の主人の答えの後半部分と、最後の10番目の客の問いの全部となり、立正安国論の結論部分の箇所となります。

■本文

それでは本文に入っていきたいと思います。60ページを開いてください。
今回の拝読範囲は、4つの段に分かれます。

■第1段

一つ目の段は、本文最初の「広く」から60ページ後ろから3行目の「豈(あに)苦しまざらんや」までです。最初に題号を読みますので、それに続いて第1段を拝読しましょう。
(本文 P60L1「広く」 ~ P60L7「豈苦しまざらんや」を拝読)

はい、有難うございます。
では、続いて60ページ下の通解を確認しておきます。
(通解 P60L1「広く」 ~ P60L15「どうして苦しまないことがあろうか。」を読む)

この段では、全体として「客自身の根源の迷いを断ち切る為に、主人が謗法の罪の重さを訴える」部分です。

まず最初に、本文1行目「広く」から2行目の「重んず」までですが、今回の拝読範囲の前の部分で、大集経(だいしっきょう)、仁王経、法華経、涅槃経をあげて、ここでは“衆経”と言われていますが、そうした諸経で謗法が戒められている事を言われています。

ここで、謗法について確認しておきます。
64ページを開いてください。中段の真ん中に書かれていますが、
(P64中段L10「謗法とは」 ~ L16「敵対行為を行うことです。」を読む)
ということです。

もう一度60ページの本文に戻ってください。続きを確認していきます。
本文では続いて、2行目で「悲しいかな皆正法の門を出(い)でて深く邪法の獄に入(い)る」とあります。

まず大聖人は、“なんと悲しいことであろうか”と言われています。

“謗法の人たちは、自分たちが正法の教えの門を出て、出るだけではなくで、邪法の獄に深く入ってしまっている”と言われています。
ただ正法の信心をしていないとか、法華経を選んでいないとかの次元ではありません。
ここで“邪法”とありますが、一般の宗教全体を邪法と言っているのではありません。

生命の可能性を否定して、人間性を否定する教え、これを邪法と言っています。
“正法を捨てて、この邪法の信仰を自ら選び取ってしまった。

こんな悲しいことはない”と言われている部分となります。

本文続いて3行目の「愚かなるかな」から1段目最後の「豈(あに)苦しまざらんや」の御文では、“なんと愚かな事だろうか”と、謗法の人たちのことを述べられています。

この内容については、「拝読のために」で確認しておきたいと思います。
64ページを開いてください。

中段の最後から2行目から
(P64中段最後から2行目「大聖人の時代は」 ~ 下段L6「苦しみの中にいたのです。」を読む)
と言う事です。
謗法の教えにまとわりつかれる事によって地獄界に落ちてしまう、謗法の恐ろしさを教えられています。
この謗法の重罪から一刻も早く目覚めさせていく、解決していく。

人間の持つ宿業を転換していく、無明を力強く打ち破ることが出来るのが大聖人の仏法です。

第1段は以上となります。

■第2段

引き続き第2段を学んでいきたいと思います。

60ページの本文に戻ってください。

第2段は、本文60ページ最後から2行目の「汝(なんじ)早く」から61ページ5行目の「崇(あが)む可(べ)し」までです。

それでは第2段を拝読しましょう。
(本文 P60L7「汝早く」 ~ P61L5「崇む可し」を拝読)

はい、有難うございます。

では、続いて60ページ下の通解を確認しておきます。

60ページ最後から3行目からです。
(通解 P60最後から3行目「あなたは」 ~ P61L12「大切にしなければならない。」を読む)

この段は、立正安国論の結論の部分にあたります。
正しい信仰によって我が生命に法性が顕れてきて、謗法を打ち破り、自身の変革を実現して行く。

その変革を実現した人が、個人の変革から社会の変革を実現していく、この原理です。

そして、最初の「汝(なんじ)早く」から次の行の「実乗の一善に帰せよ」までが「立正」にあたります。
続いて「然れば」とあるように、そうすることでどうなるかが次に述べられています。

この部分が「安国」にあたる部分となります。

では第2段を最初から見て行きたいと思います。

「立正安国論」の中核の原理、“現実を変革していく原理”が次の一節になります。
第2段最初で、まず心の変革から始まることを教えられています。
「汝(なんじ)早く信仰の寸心を改めて」とあるように、全て人間の心の変革から始まっていきます。

それを大聖人は、「早く」とか「速やかに」と教えられています。

大切なのは「今」です。

そして、本文では次に「実乗の一善に帰せよ」とあります。

この「実乗の一善」とは、60ページ上段の語句の解説でもありますが、万人を成仏へ導いていく法華経の教えです。

文底から見れば、三大秘法の南無妙法蓮華経です。

また「一善」とは“根本の善”という意味でもあります。

「根本の善」とは、万人が元々持っている最高の善の生命である仏性を開く教えです。
この根本の善に帰依して行くこと、この法華経の教えに基づけば、自分自身の根本の善、“仏性”を開くことが出来るということです。

仏になる教えを信じて自分自身が仏になる、これが法華経の考え方です。
宗教では、その信仰の対象物を信ずる訳ですが、大聖人の仏法の場合、妙法を信ずるということは、自分の心の中にある仏性を信ずるということです。

自分の中に、様々な困難に立ち向かっていく力がある、それを引き出す為のご本尊であり、南無妙法蓮華経の唱題です。
この事が信じられるかどうか。これが「実乗の一善に帰せよ」ということです。

「汝(なんじ)早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ」とは、その人が仏界を力強く涌現して、そして多くの人に広めていく。

一人ひとりの仏性を開いていく実践です。

まさにそのことが「万人が仏である」という哲学を実践していく、そして、この哲学が次第に広がっていくということになります。
それが「立正安国」の「立正」になります。

この「立正」の意義について池田先生が語ってくださっています。
64ページを開いてください。上段の【2 「万人が仏」との哲学】です。
(P64上段【2 「万人が仏」との哲学】を読む)

この中では、私たち一人ひとりの「立正」から如何に「安国」を実現していくか、というプロセスが示されていると思います。
一番大事なのは、私たち自身がまず信仰の寸心を改める、この事で一人ひとりの生命の変革が始まっていく、これが一切の基盤であります。
そして信心をしている人が増えて行く。

これが社会の中に平和勢力が築かれていく事になります。

そして、私たちの行動を通して社会の意識が変わっていく。

また、社会の思想そのものが変わっていく、社会の基盤が変化していく。

この事が「安国」を目指して行く私たちの実践となります。
単に祈っていれば自動的に「安国」、平和な社会が実現するわけではありません。

一人ひとりの地道で粘り強い戦いで、社会の底流の目に見えない部分が変わっていく。

私たちの実践によって、社会の基盤の部分に「人間尊厳」の哲学や「生命尊厳」の理念を確立させていく、それが社会の変革や「安国」の実現に繋がっていくということを教えてくださっています。

この「安国」の具体的な姿について、大聖人は続く御文で述べられています。
もう一度60ページに戻ってください。

60ページ最後の行です。
「然(しか)れば則(すなわ)ち三界は皆仏国なり」とありますが、三界とは60ページ上段の語句の解説にありますが、欲界・色界・無色界の三界を言います。
ここで欲界とは、地獄界から天界の一部までを言います。

そして、天界の残った部分が、色界と無色界となります。

この3つの世界を合わせて六道全部の世界となります。

このように六道の大半は欲望の世界です。

私たちのこの現実の世界・三界、六道そのものが仏国になる、と大聖人が力強く断言されている一節です。

御文は続いて61ページの1行目ですが「仏国其れ衰んや」とあります。

その仏国は、永遠に崩れることのない国土であると言われています。

そして更に、十方はことごとく宝土で、壊れることがないと言われています。
宝土とは、上段の語句の解説にもありますが、功徳に満ちあふれた宝の国土です。
この考えは法華経の寿量品で明かされていますが、一般の仏教から見れば、大変に画期的な教えとなります。

どういう事かと言うと、普通は、“私たちが住むこの凡夫の世界を離れて、どこか別の世界に仏国土がある”というふうに考えます。

しかし法華経は、“この永遠の仏国土は、私たちの住むこの現実の世界を離れたところにはない”、更に言えば、“私たちの住むこの現実の世界で実現可能である”、また、“その為に仏が戦っているのである”ということが説かれます。

また、“その国土にいれば、私たちの身も心も安全である”と説かれているのが、本文の次の一節、3行目の「国に衰微なく」からこの段の最後の「崇(あが)む可(べ)し。」までです。

この部分の通解を、もう一度確認しておきます。
(通解 P61L7「こうして」 ~ P61L12「大切にしなければならない。」を読む)

まさにこの仏国土は、“一切衆生が幸福で安穏な境涯を築くことが出来る国土になる”と教えられています。

この原理は、「一生成仏抄」でも説かれています。
65ページを開いてください。下段の後ろから2段落目になります。
(P65L12「一生成仏抄」 ~ P65最後「築くことができるのです。」を読む)

この「安国」について、もう少し深くみていきたいと思います。
このような安国を築く事が出来れば、その結果どうなるのか。
61ページの本文に戻りまして、3行目で「身は是れ安全・心は是で禅定ならん」とあります。

これは、私たち一人ひとりのことを言っている御文です。

つまり、国が衰えることなく、土が壊れることがない「安国の実現」が私たちの幸福に繋がるという事になります。
すなわち、立正安国論というのは、“民衆の為に説かれた法理”であると言えます。

そしてこの「国」とは何か。それは、“民衆の為の国”であるということです。
大聖人ご自身が、立正安国の「国」という字について、「国構え」に「民」という字を書かれています。

まさに、民衆が根本となります。

この国を“権力者が中心の国”と捉えるのか、“民衆中心の国”と捉えるかで、立正安国論の精神が全く変わってきます。

池田先生は、“民衆本意”が大聖人の立正安国論の本意であると教えてくださっています。

正に、民衆の為の立正安国論です。
その大聖人の根本の教えを、大聖人直結で、立正安国の実現に向けて実践しているのが、私たち創価学会しかないということを確認しておきたいと思います。

第2段は以上となります。

■ 第3段

続いて第3段を学んでいきます。

第3段は、本文61ページの最後から5行目の「客の曰く」から62ページの6行目の「疑う可(べ)からず」までです。

それでは第3段を拝読しましょう。
(本文 P61L6「客の曰く」 ~ P62L6「疑う可からず」まで を拝読)

はい、有難うございます。

では、続いて61ページ下の通解を確認しておきます。

真ん中の「客は言った。」からです。
(通解 P61L13「客は言った。」 ~ P62L12「疑うことはできない。」 を読む)

立正安国論は、最初に申し上げた通り10問9答の問答形式となっていますが、ここからが最後の10番目の問いにあたります。

この最後の問答は、客が質問ではなく自分の決意を述べて終わっています。

従って、このあと主人の言葉があるのではなく、客の決意と共に終わっています。
立正安国論全体の問答を通して、目の前の一人の客が立ち上がって、そして新たな実践に向かって決意をしていく場面です。

前半の、この第3段では、「悪の本質」について述べられていきます。

御文では、61ページの第3段の最初に「客の曰く、今生(こんじょう)後生(ごしょう)誰か慎まざらん誰か和(したが)わざらん」とあります。

「(通解)今生も後生も、誰が謗法を避けて慎まないことがあろうか、誰が正法に心を合わせて従わないことがあろうか」と、客が、謗法の恐ろしさと、正法に心を合わせていくことの重要性を認識したという事が示されています。


そして、続く御文のところでは、最後から4行目からですが「(通解)この経文を開いて、仏の言葉を詳しくうけたまわってみると、正法を謗(そし)る科(とが)は至って重く、正法を破壊する罪はまことに深い」と、正法誹謗の罪の恐ろしさを客が痛感しています。

では、なぜこれ程までに国を挙げて謗法をしてしまったのか?

その事について、客は、自らの言葉で、次の御文で説明していきます。

すなわち61ページの最後から2行目の「我一仏を」からになりますが「(通解)私が阿弥陀の一仏を信じて諸仏をなげうち、浄土の三部経を仰いで、諸経をさしおいたのは、自分の利益を考えただけの思いからではなく、先達(せんだつ)の言葉に従ったものである。

国中の人々もまた同じである」と述べています。

この事は非常に大事な部分です。

つまり、「念仏を信じて法華経を否定するようになってしまったのは、先達(せんだつ)の言葉に従った為である」と言っています。

“先達(せんだつ)”とは、ここでは念仏の教えを広めた人たち、すなわち日本では法然をさします。

この人たちの言葉に従ってしまったから、ここまで謗法の罪をおかしてしまった。

これこそが“悪の本質”である、ということです。

「悪知識」の恐ろしさを示しているところです。

この悪知識の恐ろしさは、単に間違った教えを説くだけでなく、法華経を捨てさせ、更には、法華経を誹謗する方向に仕向けてしまう。

それが悪知識の恐ろしさです。
悪知識とは、仏法破壊の僧侶・高僧たちの事です。

そして、客一人だけではなく、日本中の人がその悪知識の影響を受けてしまったと指摘しています。
そして、客は、“やっとそのことに目覚めた、気が付いた”、と言っているのです。

御文では続いて、62ページの3行目「今の世には」からにありますが、「(通解)今世には心をわずらわせ、来世には阿鼻地獄に堕ちてしまうことは経文に明らかであり、その道理はつまびらかである。疑うことはできない。」と言っています。

つまり、こうした悪僧の存在が人々に謗法をさせて、そして、その結果、国が乱れている。

ようやくそのことがわかった、と言う事です。
だからこそ、その悪を打ち破る戦いをしていかないと国は良くならない、と言う事になります。

このことについての池田先生のご指導を学んでおきたいと思います。
66ページを開いてください。上段の【3】です。
(P66上段【3 言論戦で悪と戦う】を読む)

このご指導にある通り、私たちが対話をしていくのも、その根底には折伏精神があります。

相手の生命を変える為の戦いをしている、これが立正安国の実践であるという事を確認しておきたいと思います。

以上で、第3段を終わります。

■ 第4段

それでは最後の第4段を学んでいきます。

62ページに戻ってください。

第4段は、最後から5行目の「弥(いよい)よ」から最後までです。
それでは第4段を拝読しましょう。
(本文 P62L6「弥よ」 ~ 最後まで を拝読)

はい、有難うございます。

では、続いて下の通解を確認しておきます。真ん中少し後ろの「あなた(主人)の」からです。
(通解 P62L13「あなた」 ~ 最後 を読む)

ここでは、客は、「自分だけではなく、他の人の誤りを戒めて行く」との決意の言葉で結ばれていきます。
対話を通してまず一人が目覚めて立ち上がり、一人から一人へ、そしてまた次の一人へと広げて行く。

そして多くの民衆が立ち上がっていくという立正安国の実践が示されています。

つまり、まず一人の目覚めた人が出て立ち上がっていく。

そしてその人が周りの人を、対話を通して変えて行く。

生命と生命の触発、一対一の対話を行っていくことが「立正安国」の実践に他なりません。

この対話の重要性についての池田先生のご指導を学んでおきたいと思います。
66ページを開いてください。上段の【4】です。
(P66上段【4 新たな対話への出発】を読む)

このご指導の中で、5行目に「一つの対話の終わりは、新たな対話への出発であった」とあります。
ここは、自分が相手に対話するだけでなく、またその相手が他の人に対話をしていく、という事です。

まさに「二人・三人・百人と 次第に唱へつたふるなり」と御書にある通りです。

この広がりを、誰か特別な人ではなく、民衆自身が目覚めて、そして対話を通して広げていく。

これが立正安国の実践です。

そして、日々その実践を行っているのが、私たち創価学会です。

一対一の対話から、一人を変革し立ち上がらせ、そして一人から一人へと広げていくことが、個人の幸福と社会の繁栄を築いていく確かな実践となります。

最後になりますが、池田先生が昨年の「SGIの日」記念提言で立正安国論に触れられました。
67ページで、その事について要点を書かれていますので、確認しておきたいと思います。

ここでは、立正安国論が現代にあってますます重要であるという事を、池田先生が3つの視点で示して下さっている内容です。

まず1番目ですが、67ページ中段の最後から2行目からです。
(P67中段最後から2行目「第一は」 ~ 下段L1「思想哲学です」 を読む)

立正安国論の国とは何か。

今日の御文で学んだように、国の中心におくべきものは権力者ではなくて、そこに暮らす民衆であるという思想哲学です。

民衆のために国が存在する、民が中心となる国家です。これを時代の精神にしていかなければならないとの視点です。

続いて2番目ですが、その次の行からですが、
(P67下段L2「第2は」 ~ L6「確立です。」 を読む)

これは「同苦」という思想となると思います。

目の前の人の苦悩を自分のことと捉えて、その解決に向かって心を砕いていく。

私たち学会員が日々行っていることに他なりません。

私たちの日々の学会活動の中に、この自他共の幸福の実現、立正安国の実践があります。

そして最後の3番目ですが、その次の行からですが、
(P67下段L7「そして第3は」 ~ L13「洞察です。」 を読む)

この「憂いの共有」は、立正安国論全体の冒頭の「旅客来たりて嘆いて曰く」から始まる憂いであり、この憂いの共有から対話が始まります。

そして、「誓いの共有」とは、本日学んだ部分です。

客もまた決意して、共に立ち上がり戦っていくという誓いで終わるという事です。
そして、具体的に何をするのかが「エンパワーメント(内発的な力の開花)の連鎖」です。

わかり易く言うと「仏界の涌現」となります。

一人ひとりにある無限の可能性を開いていくこととなります。

逆に、その実践でしか時代を救うことが出来ないと言われています。
この実践をしているのが、私たちの対話の実践に他なりません。

私たちこそが立正安国の実践者であると言えると思います。

そのために大切なのは、私たち一人ひとりが多くの人とつながっていく事です。

このことついての池田先生のご指導を学んでおきたいと思います。
67ページ上段の【5】です。
(P67上段【5 「つながりの拡大」を】を読む)

キーワードは、「一対一の対話」であり「善の連帯」です。

私たち学会員の対話こそが、時代を動かしていく立正安国の対話であると自身と誇りをもって前進していきたいと思います。

今回の御書の学習は以上となります。

■最後に

さあ、この4月、また5月と、大きく動いて、社会に幸福を広げる「友好対話」に挑戦していきましょう。

(各自、感じたことや決意など、それぞれの立場で追加してください。)

以上です。有難うございました。

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【ご参考】

 忍者サンドボックスに、御書講義の原稿ファイルを置いています。
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転重軽受法門 2013年3月度 座談会御書講義

3月度座談会御書の「転重軽受法門」の講義用資料を作成しました。

拝読範囲: 御書全集  1000ページ 3行目 ~  4行目
      編年体御書 379ページ 3行目 ~  4行目

「 涅槃経に転重軽受と申す法門あり ~ 益をうる事の候 」

(所要時間目安:約8分)

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【挨拶】

皆さん、こんばんは。 

(挨拶など、状況に応じて入れてください。)

【座談会御書】

それでは今月の座談会御書を、皆さんと一緒に学んでいきましょう。
大白蓮華の48ページを開いてください。

今月の拝読御書は「転重軽受法門(てんじゅうきょうじゅほうもん)」です。

■ 背景と大意

はじめに背景と大意ですが、本抄は、文永8年(1271年)に、日蓮大聖人が千葉方面の門下3人に宛てて送られたお手紙です。
同じ年の9月12日の「竜の口の法難」の後、佐渡に向けて出発されるまでの約1ヶ月間、大聖人は相模(さがみ)の国の依智(えち)、現在の神奈川県厚木市に居られました。

師匠・大聖人の身を案じて依智を訪れたこの門下へ、真心の行動への返書として著されたのが本抄です。

本抄では、大聖人及び門下が大難を受けることの第一の意味として、「転重軽受」の法門を示されます。

その例として、不軽菩薩が法華経を弘めて難にあい、過去の重い罪を消滅させたことを挙げられています。
今月の座談会御書で学ぶのは、この部分です。

本抄では続いて、大難を受ける第二の意味として、提婆菩薩(だいばぼさつ)や師子尊者(ししそんじゃ)などの釈尊直系の弟子達でさえ、正法を弘めて難を受けたことを通して、末法に折伏をしていけば大難が起こるのは必然であると言うことを明かされます。
続いて、法華経を経文通りに実践することの難しさと、末法ではただ大聖人お一人が法華経を「身読」している事などを仰せになっています。

■本文の拝読

それでは本文を皆さんと一緒に拝読したいと思います。

大白蓮華の50ページを開いてください。

最初に題号を読みますので、それに続いてお願いします。

(大白蓮華50ページの本文を拝読)

はい、有難うございます。

(時間的に余裕があれば、50ページ下の通解を紹介)

■解説

それでは解説です。

今回の御文は、「どんな苦難にも信心で打ち勝つことができる」と教えられている一節です。
「宿命転換」と言う日蓮仏法における重要な法理が示されています。

まず、本文の冒頭で仰せの「転重軽受」とは、51ページ下の語句の解説にもある通り、「未来にまで続く重い宿業の報いを、今世に法華経ゆえの苦難に遭うことで、軽く受けて消滅させること」をいいます。

大聖人は、本文で「先業(せんごう)の重き今生(こんじょう)につきずして 未来に地獄の苦を受くべきが」と述べられていますが、一般的な仏教では、過去世の悪業を消し去って成仏するには、その報いを一つ一つ受けなければならない、とされています。

とても今世だけでは足りず、何度も生まれかわって苦しまなければなりません。

事実上、この一生での宿業の転換は不可能となります。

しかし、大聖人の仏法ではそうではありません。

本文では続いて「今生(こんじょう)にかかる重苦(じゅうく)に値(あ)い候へば地獄の苦しみぱっときえて」とあるように、過去世の報いは今世で軽く受けることによって、全て消し去ることができる、と仰せになっています。
ここで「かかる重苦」とは、法華経ゆえの難を受けると言うことです。

私たちは信心をしている中で、様々な苦難に直面します。

しかし、こうした地獄のような耐え難い苦しみが、「いつか」ではなく「今」、しかも「直ちに」消滅する。

これが、私たちが実践する信心の力なのです。
この宿命転換の法理が、本抄では「転重軽受法門」として示されています。

では、なぜ宿命を消滅させることが出来るのでしょうか?

題目を唱えると、その瞬間に、私たちに本来具わる仏界の大生命が胸中に開かれていきます。

苦難を跳ね返す「無限の希望と勇気」が湧き上がり、地獄のような苦しみも「ぱっと」消えてしまうのです。
それは、あたかも太陽が昇れば、暗闇が一気に明るくなり、それまで光っていた多くの星々がすぐに消え去ってしまうようなものです。

純粋に信心を貫くことで「太陽」のような自分になれる。

これこそが信心の功徳なのです。

本文の最後の部分で大聖人は、「人天・三乗・一乗の益(やく)をうる事の候」と仰せです。

声聞や縁覚、菩薩の境智はもとより、成仏と言う大利益を受けられるのだ、と言われています。
すなわち「転重軽受」とは、マイナスの罪業をゼロに清算するだけでなく、成仏と言う最大のプラスにも転じていけると言うことです。
苦難の時こそが成仏の最大のチャンスと捉え、強盛な祈りと行動で、目の前の壁を打ち破っていこうではありませんか。

■ポイント

続いて今回の御文のポイントです。

本抄のポイントは「広宣流布の途上に起こる苦難には全て意味があり、必ず乗り越えていける」と言う点です。

大聖人の時代には、命に及ぶ様な迫害まで、様々な苦難がありました。
今、私たちの人生においても、病気や仕事、家庭の問題など、「信心しているのに、なぜこんな苦しみに遭うのだろうか?」と思うような事があります。

しかし、転重軽受の法理に照らすならば、こうした苦難は、本来、未来にわたって受け続けるはずの大変な苦しみを、実は、今世において軽く受けているのです。
そして、こうした苦難の時こそが、宿命転換の最大のチャンスなのです。

大事なことは、“大変な時に決して退いてはならない”、“信心への疑いを起こしてはならない”、と言うことです。
信心を貫くならば、「地獄の苦しみぱっと消えて」とあるように、必ず宿命転換を成し遂げることができます。

学会の多くの諸先輩方は、この宿命転換を事実の上で証明してこられました。

私たちには全てに勝ちゆく信心があります。

さらに、互いに励まし合っていける学会家族がいます。
池田先生は、「私たちは、難を受け、魔と戦い、信心を貫くことによって、自身の宿命を転換し、堂々たる幸福境涯を開くことができます。

いわば、難と戦うことこそ、自己の生命を磨き、境涯を高めゆく直道であり、人間革命のための飛躍台なんです」と言われています。

さぁ、悩みや苦難に負けず、我が“使命の舞台”で宿命転換に挑戦し、勝利の歴史を築いてゆきましょう。

御書の学習は以上です。

■最後に

今月は「3・16広宣流布の日」を迎える意義深い月です。
かつて池田先生は「3・16は、師から弟子への『継承』の日であり、『後継』の弟子が立ち上がる日である。その意味で、この日は、永遠の『出発』の日である」と語られました。

さぁ、「3・16広宣流布の日」を出発の日とし、4・2、そして5・3へと、元気一杯に前進して参りましょう。

(状況に合わせて、追加してください。)

以上です。

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